自然体の生き方に憧れるブログ

自然な気持ち、立ち振る舞い、笑顔を大切にしたい

私はバンドをやっていて一時はプロデビューの話もあったくらいに良いところまで行ったのですが、私のバンドを贔屓にしていたレコード会社の担当の人間の異動とともにメジャーデビューの話もお流れになってしまいました。今もインディーズではそこそこ頑張っています。

大学時代の仲間がそれなりの社会的な地位を得ているので、ツイッターも匿名でやってました。本名でやると知られたくない人にも知られますからね。売れないバンドなんてやっていますと劣等感の塊にもなります。プロデビューしてれば当然本名でやってたと思います。

なのでバンド関係の仲間内だけをフォロー。ある日ツイッターをチェックしていると、バンドをやる前の高校時代の恋人からのフォローと私へのつぶやきがありました。匿名のツイッターなので検索でこのアカウントは出ないはずなんだけど?と思ったのですが、プロフィールにバンドのブログのアドレスを入れていた事にはたと気付きました。

彼女は噂で私がバンドをやっている事を聞いて、バンドのブログを発見して、でもツイッターで本名で検索しても出なかったので、ブロクのURLを検索して見つけたそうです。もう結婚して子供もいる彼女ですが、今度家族でバンドのライブを見に来てくれるそうです。嬉しいけど複雑。

僕は小学生の頃からチャットを始めた。今でも調べれば出てくるのではないだろうか、SIB(SIMPLE IS BEST)というチャットサイトだった。

当時はTwitterとか、LINEとか、そういう洗練されたツールではなかった。所謂チャットルームにログインして、どこの誰ともわからない人たちとなんとなく文字を介してしゃべる、というものだった。多分その頃は、今とは違って、チャットというものをやる人も限られていたのだろう。

僕は殆どログインせずに皆の会話を見るだけだったけれども(所謂ROM専)、大体決まった時間に決まったハンドルネームの人がログインしていたように記憶している。小学生にしてそんな文化に触れているおませな僕だったが、たまにはログインしてみようか、と思って、人がいるチャットルームにログインしてみたことがある。

わいわい話している輪の中に「こんにちは~」と控えめに言いながら入っていくあの感覚は、リアルとネットで変わるものではない。そこでいろいろなことを話したけれども、1つだけおかしかったのは、僕は自分のことを「学生だ」と自己紹介したところ、相手が僕のことを「大学生だ」と勘違いしたこと。

自分が妙に大人びていたのか、などという自画自賛をする気にもならず、顔が見えないというのはこういうことなんだな、と小さな頭で妙に納得してしまったのをよく覚えている。

私が初めてチャットを利用したのは高校生の時。まだインターネットが普及しきれていなくて、携帯電話でサイトを観覧していた頃。そこに設置されていたチャットルームは、掲示板の機能を縮小したようなもので、参加者(入室者)が一覧表記されるが更新は手動。掲示板よりはリアルタイムだが瞬発的な会話が出来るわけではなかった。それから数年のうちにパソコンが家庭に一台はあるような時代になり、私も手に入れることができた。そこで流行したのがWindowsメッセンジャー。

ソフトとして独立している上に一度登録してしまえば相手がオンラインかオフラインか、作業中であるかなどの様子も伺い知れて、リアルタイムに文字で会話することが出来るツールだった。もちろん複数での同時チャットも可能。とても画期的で、私は友人たちと毎晩のようにパソコンを介して会話していた。ところがいつからか、それが義務になったかのようで苦痛に感じられ、またあまりに頻繁に会話するため話題も尽き、友人同士不穏な空気が流れ始めた。そして私は自分の状態を「オフライン」にすることが増え、その友人たちとも疎遠になっていった。今現在、若者の中で流行している「Line」というツールで、同じことが起こっているとニュースで耳にする。「便利」「常時」「簡易」というのは、人間からコニュニケーションの工夫を奪うだけでなく、コミュニケーションそのものを面倒にしてしまうものなのかもしれない。

けれど良い面も多分にあることは認めています。たとえば遠隔でコミュニケーションを図れたり、疎遠になった友人と連絡が取れたりもする。また最近では、チャット機能でお仕事もすることができたりもします。

自宅でも女性がチャットを利用してお仕事をするのにチャットレディというものがあるが、これらもこの便利さがあるからゆえにできる仕事ですね。チャットレディ求人で求人情報をチェックしてみてください。自宅やスマートフォンでできるチャットレディが結構あります。